毎日新聞2020年3月20日 東京朝刊 <kin-gon>

コロナウイルスと同様、欧州各国は東日本大震災の対応で足並みを統一することはできなかった。
福島第1原発事故で、主要国で最初に自国民の東京からの脱出を勧告したのは仏大使館だった。特別機を手配し、多数の在日フランス人が日本を離れた。英国は本国の科学専門チームが被災地の放射能濃度、天候、風速などのデータを詳細に分析し、英政府の危機管理委員会(COBRA)を通じ大使館に連絡。これに基づき英大使館は「原発20キロ圏外であれば人体に問題ない」とホームページに載せた。「20キロ圏外避難」という日本政府の規制を追認した。
当時、私は各国大使館のサイトを読み比べたが、英大使館が最も冷静で説得力があった。英大使館は「なぜ東京は安全か」「パニックになる必要はない」という英科学者のインタビューや証言を毎日のようにアップした。
主要国の対応は大きく仏型と英国型の二つに分かれた。独、スイス、オーストリアなどは仏に追随し、大使館も関西に移した。豪、加、スペイン、スウェーデンなどは英国の立場だった。ウォレン英大使(当時)は「科学的根拠もなく、慌てて自国民を日本から脱出させることに私は否定的だった」と語る。

ただ福島第1原発の原子炉内の温度上昇が続く中、英国も「20キロ圏外」を米国の「80キロ圏外」に合わせた。大使は「米国も国防総省と国務省で見解が異なり、『80キロ圏外』と広くとったのは国防総省の意見だと思う」と指摘する。

大使にとって最も厳しい時期は3月16、17日だったという。原発の冷却が見通せず、原子炉内の圧力は高まっていた。英大使館は「積極的には勧告しないが、英国民は東京を離れることを念頭に置いてもいい」と、含みをもった言い回しの指示をアップした。
英メディアは「なぜ仏のように自国民の日本脱出を勧告しないのか」と突き上げた。同20日、ウォレン大使は「東京は安全」とのメッセージを込め、BBCテレビのインタビューを大使館の屋外で受けた。最終的に英政府は「日本を出たい人のため」にチャーター機を香港に飛ばしたが、乗った人は少数だった。原発の危機が遠のいた3月末、大使は英政府と協議し、緊急事態を解除した。

この20日間に大使がこなしたインタビューは25回。英国の立場を繰り返し伝え、結果として英外交にも大きなブレはなかった。「この沈着冷静さは英国の伝統ですか」と聞くと、「日本人を含め大使館スタッフが不眠不休で働いてくれた。それ以外の何ものでもない」と語った。(客員編集委員)