毎日新聞2020年3月27日 東京朝刊 <kin-gon>

 2月半ば、イタリアで新型コロナウイルスの感染が急拡大した時、他の欧州の国々は「イタリアの特殊事情」と見ていた。非効率な官僚組織、中央政府と地方政府の連携の悪さなど、ルーズなこの国に起因するものと捉えていた。

 他方、自分たちの国に感染が広がっても感染スピードを遅らせ、人権面からも市民生活に影響させない、と半ば自信を持っていた。
マクロン仏大統領は3月6日の金曜日の夜、夫婦で観劇を楽しんだ。「コロナ騒ぎでも生活スタイルを変える必要はない」とのメッセージだったと仏ルモンド紙は書いた。6日後、大統領はテレビ演説で、保育園から大学までの全面閉鎖を発表。矢継ぎ早にイベント中止、外出禁止、地方選挙の第2回投票の延期と打ち出していった。

 メルケル独首相は、トランプ米大統領が英国を除く欧州からの外国人の入国を停止すると発表した11日、「国境封鎖は適切な対応ではない」と否定した。しかし感染者が急増した4日後、独内相は仏、オーストリア、スイスなどとの国境封鎖を発表。17日には欧州連合(EU)が非EU市民の域内への入域を30日間禁止した。

 非常時とはいえ、欧州主要国の首脳たちは内心じくじたる思いだったろう。外出禁止、学校閉鎖、選挙の延期、国境封鎖などの措置は、欧州が掲げる人権、民主主義、開放性、自由な移動といった諸価値と抵触しかねない。メルケル首相は国境封鎖に最後まで気乗り薄だったが、右派からの圧力に妥協せざるを得なかった。

 感染の中心が欧米に移り、旧西側と中国の統治の優劣を巡る議論が再び浮上している。命令一下、震源の武漢市を封鎖し、AIで監視し、感染封じ込めに成功したという中国の習近平体制。今後、コロナ対策を挙げて一党支配の優越性を誇示するだろう。そこでは初期のミスや市民ジャーナリストの排除に触れられることはない。

 迅速性と効率で旧西側はかなわない。諸価値と整合性をとりながら対策を検討し、また民意の形成に時間を要するからだ。民主社会のコストだが、最近、伊精神分析医レカルカティ氏は伊紙への寄稿で「自宅待機は閉じこもりでなく友愛の表明である」と書いた。自由の回復と連帯のため、市民は自主的に自宅にとどまる。上から押し付けられてではない、と。日本を含め旧西側の市民社会の成熟・強じん性がいま試されている。

 10年続いたこのコラムは今回で終わる。読者に深く感謝申し上げる。(客員編集委員)